寿永3年(1184年)2月、一ノ谷の戦いに敗れた平氏は屋島へ逃れる。
多くの武将を失ったものの、平氏はいまだ瀬戸内海の制海権を握っており、
屋島には安徳帝の仮行宮も築かれた。
しかし寿永4年(1185年)2月、義経の奇襲により屋島は陥落された。
四国での拠点を失った平氏は、総大将知盛のいる彦島へ逃れ、
そこで最期となる壇ノ浦の戦いに臨む。
ここ屋島で過ごした約一年あまりが、平氏一門にとって
都へ帰れるという希望を持ち続けることの出来た最後の安寧の日々だっと思う。
そんな在りし日の平氏を偲びたく、屋島を走ってきました。
2012年6月8日金曜日
2012年6月7日木曜日
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